第3回 「下方倍音列の活用」音楽のクオリア~不定調性論の挑戦~

20140415

本連載の予定

第0回 序論(上)(下)

第1回 和声の存在を再確認する

第2回 自然倍音の数理の不思議
第3回 下方倍音列の活用
第4回 数理親和音モデル
第5回 和声単位という和声構築法
第6回 和声の分子構造
第7回 増四度環と裏領域
第8回 調という幽霊を発生させる和声の反応領域
第9回 和声二元論が成り立たない理由
第10回 長調と短調の二極化から旋調性へ
第11回 負の音を作ってみよう
最終回 まとめ~ドミナントモーションから動和音へ

(※進捗によっては、若干のテーマ変更の可能性もございます。ご了承下さい。)

 

第 3 回 下方倍音列の活用

皆さん、こんにちは。 今回考えるテーマは「下方倍音列を真剣に考えよう!」です。

私が最初に「下方倍音列」という言葉に接したのは、かの純日本発のジャズ理論書、 濱瀬元彦氏による『ブルーノートと調性』(全音楽出版社/1992 年刊)でした。

また 1990 年刊行の訳書でジョスリン・ゴドウィン<Joscelyn Godwin>という、ニューヨーク、コルゲート大学教授(主に音楽史専門)による『Harmonies of heaven and earth』 (邦題;『星界の音楽』斉藤栄一訳 工作舎/1990 年刊)の p.293 には、「下方倍音列」 とはっきり項目が設けられています。

ゴドウィン氏の同著書は音楽全般的な意味合いを哲学、宗教学、文化人類学等の観点から述べられているので、音楽理論書ではないのですが、 その上下の倍音列の対称性が図示されている点に大変興味を持ちました。

さて、この下方倍音列を不定調性論でどのように扱っていくかと言うと、この連載の第 九回でも詳しく述べるのですが結論から簡単に申し上げますと、下方倍音列の発生は、上方倍音列の発生数理の拡大関係によって示される。よってあえ て下方倍音列を用いなくても、上方倍音列によって代替利用できてしまうため、実用的 音楽制作においては二つの観点を持つ必要が無かった。

となります。

今回はこの下方倍音列の紹介と上記の結論を確認し、更にそれをどのように活用のスター トラインに持っていくか、について考えてみましょう。 まず下方倍音列について解説します。以下は参考文献などを元にして、不定調性論でまと めた下方倍音列の理解法です。

上方倍音列(自然倍音列)が、 基音(の振動数 以下略)×2=第二倍音、 基音×3=第三倍音・・・

という計算ができるのに対し下方倍音列は、 基音÷2=第二倍音、 基音÷3=第三倍音・・・

と割り出すことができます。

また上方倍音列の振動数の求め方が、 基音×2,3,4,5,6,7,8,9,10

であるのに対して、下方倍音列の振動数の求め方は、 基音×1/2,1/3,1/4,1/5,1/6,1/7,1/8,1/9,1/10

となり、逆数を掛けていく、と考えることもできます。これらの対称性は、大変綺麗です。 音程関係も高音に拡散する上方倍音列、低音に拡散する下方倍音列が完全に呼応します。

ゆえにこれを活用すれば次のような考え方が可能です。
基音を c とします。この c 音は基音 f の上方第三倍音であり、基音 a♭の上方第五倍音で もあります (譜例 1 参照)。

 

譜例1

譜例1

 

次に譜例 2 を見てください。

譜例 2

譜例2

このように下方に各基音を並べていくと、高音部に c が現われる上方倍音列基音群を列挙 することができます。
c-c-f-c-a♭-f-d-c-b♭-a♭-f#-f-e-d-d♭-c この集合音群を「下方倍音列」と呼んでいるわけです。

下方倍音列=高音部に同一音が現われる基音群の順列

下方倍音列を自然発生する存在か否かを論ずる必要はなく、上方倍音の考え方で想定でき ます。ここに見られる f,a♭,c という集合、すなわち Fm は、基音 c の下方にできる和音、 とされていますが、これは自然発生しているのではなく、上部に c が現われる音を上から 三つ取ってきて集合させたもの、という捉え方になるわけです。 ちなみに機能和声の生みの親、ジャン=フィリップ・ラモーは様々な楽理思考を経て

1750 年『和声原理の証明(Demon- stration du principe de lharmonie servant de base a tout lart musical theorique et pratique.)』で「二重根音」という考え方によって短三和音の 存在証明を試みている、とされています。c,e♭,g という Cm が e♭と c という二つの根音 がある和音である、という考え方です。出典は下記から。 http://www.lib.geidai.ac.jp/MBULL/34Katayama.pdf#search=’%E9%9F%B3%E6%A5%BD%E7%9 0%86%E8%AB%96%E5%AE%B6+%E3%82%BB%E3%83%BC%E3%83%AB’ これは上記の発想に似ていますが、ラモーの時代の議論は、不協和音の存在証明を試みて いたのであり、ここでの観点ではありません。ここで認めるべきは、二つの集合の性質の 違いです。

上方倍音列は、一つの音から共鳴する音を拡散させる音列であり、下方倍音列は、多数 の基音から一つの音を共鳴させる音列である。

譜例 3

譜例3

これにより譜例 3 において、次の二つの考え方ができるわけです。

視点 1;c は g を発する音である(c 主体の考え方)。
視点 2;g は c から発生される音である(g 主体の考え方)。 つまりこれまでの音の「主従関係」を「呼応関係」に置くことになります。 次のような例も明快です。 上方倍音列の考え方;ベース音はよって、小節のコード感を示し、さらにそのコード感 によって旋律を作り出す。 下方倍音列の考え方;旋律は多数の音によって、小節のコード感を示し、さらにその コード感によって主音を作り出す。

最後に譜例 4 をご覧ください。

譜例 4

譜例4
この旋律はトップノートを c に固定し、和音の流れを自分の音楽的クオリアのままに作り ました。“トップを固定する”下方倍音列の考え方を用いて作った旋律ともいえます。

次のようにまとめることができます。

旋律主体に音楽を考える技法(例;鼻歌から音楽を作る)は、バスやコードを後から見つ けていく下方倍音列発想であり、和声進行主体に音楽を構築する方法(コード進行から の作曲やインプロヴィゼーション)は、旋律の細部をまずは考えない上方倍音列的思考 である、ということです。

不定調性論は、この二つの観点から様々な発想を展開していきます。今回は以上です。ありがとうございました。

ご質問、ご感想等はこちらまで。


 terauchikatsuhisa

寺内克久  Katsuhisa Terauchi
 
大学卒業後専門学校にてジャズ理論を学びながら作曲/演奏活動、作曲家としてデビュー後大手音楽専門校へ就職。その後music school M-Bank発足と同時に、経営/運営スタッフとして、またギター・ウクレレ・ベース・作曲・DTMの講師として活動。
最先端のポピュラー/ジャズ和声学を目指し『不定調性論』を提唱し、レッスンでの活用、各方面での研究発表を行いながら、実践的で個性を活かす音楽レッスンカリキュラムのコンサルタントとしても活躍中。日本音楽理論研究会幹事。日本リズム協会会員。毎週250kmを乗る、ロードバイカー。M-Bankの通信講座ブログ , 不定調性教材のお申し込みはこちらから

Be the first to comment

Leave a Reply

Your email address will not be published.