パーカッシブで情熱的なソロや、歌い上げるようなバラードなど、幅広い表現力に定評があるジャズヴィブラフォン奏者「中島香里」。幼少の頃にピアノとエレクトーンを、中学・高校と吹奏楽部でパーカッションを担当。大学でも音楽サークルで打楽器を続け、大学卒業時にヴィブラフォンでプロを目指す決意する。ジャズ理論とヴィブラフォンの4本マレット奏法を赤松敏弘氏に師事。2010年から毎年ニュー ヨークへ赴き様々なミュージシャンとセッションを重ねている。現在は都内・神奈川・埼玉など首都圏を中心 にライブ活動をしている。
本日のインタビューゲストはジャズビブラフォン奏者の中島香里さんに来ていただきました。というか、私、金子とのライブの合間にインタビューを敢行!
ジャズビブラフォン奏者になる前の吹奏楽の打楽器奏者だったお話から音楽理論につながりプロになるまでの様々な話をしていただきました。
—休憩中にインタビュー敢行させていただき恐縮です。よろしくお願いします。—
「こちらこそ(笑)これパソコンでとってるの?」
—あ、Logicで録ってます—
「へー。」
—・・・。で・・では、早速。。中島さんって絶対音感ありますよね。やっぱり音楽の最初はピアノからだったんですか?—
「金子君がインタビュアーになってる!変な感じ(笑)インタビュー終わったらセカンドセット演奏するんだよね(笑)
—今はインタビューでよろしくです(笑)。—
「はーい。絶対音感っていっても完全な絶対音ではなくて大体は解るかなって感じ。シャープとかフラットが付いてると、ちょっと怪しくなってくる(笑)。
ピアノは小さい頃からやってたからそれでついたのかも。中学校くらいの時に辞めちゃったんだけど。」
「中学で吹奏楽をやってて、それでしばらくはピアノと平行してやってたんだけど、吹奏楽の方が面白くなっちゃって。」
—吹奏楽は最初からビブラフォン目当て、というか打楽器目当てで入ったんですか?—
「最初はトランペットをやりたかったんです。」
—トランペット!?それがなぜ打楽器に?—
「おじいちゃんにトランペットはダメって言われて(笑)。それでトランペットがダメだからサックスもダメって言われると思って、残りはコントラバスと打楽器しかなくて。
それで体験入部の時にコントラバスやったんだけど、私背が小さくて、弾くなら台にのって弾きましょうって言われて。泣く泣く打楽器にしたんだけどそれが大ハマり!!」
—自分に合う楽器ってどうやって出会うか本当にわからないものですよね。その素晴らしい出会いの打楽器の中からビブラフォンを選択するのはいつ頃なんですか?—
「高校までは吹奏楽で打楽器やってて、大学は音大じゃなくて普通の大学に進んだんだけど、サークルをどこにしようかなって吹奏楽も見に行ったんだけど、打楽器は楽器が充実してなくて。
本番前に別の大学から借りてきて練習します、みたいな。普段から練習できないのは嫌だなって思って。それで吹奏楽に入るのは諦めたんです。」
—あら。じゃ大学内では音楽からは離れるですか?—
「どうしようかなって思ってふらふらしてたら、『ビブラフォンに興味ありませんか?』ってチラシを渡してくれたサークルがあって。」
—どんなサークルですか?—
「ハーモニッカソサイアティっていうサークルです(笑)。吹奏楽のサックスやトランペットが全部ハーモニカになってるっていう超マニアックな編成のサークル(笑)」
—へー、確かにマニアックですね・・。でも一回見てみたい編成ですね(笑)・・。—
「でしょ〜(笑)。吹奏楽部では打楽器は借りてくるって状況なのに、ハモソはビブラフォンがあったからそれに惹かれて4年間在籍しました。」
—話の腰折ってすいません、・・・ハ・・ハモソ?—
「略してハモソっ呼んでました(笑)。」
—し、承知しました。。。ではハモソではどんな曲をやられてたんですか?—
「それがハモソの編成に合う曲がないんだよね(笑)。ハーモニカ4パート、クラリネット、フルート、4リズムにパーカッション。
なので自分達で曲コピーしてアレンジしてやってました。T−スクウェアのトゥルースとか。」
—ハモソで音楽理論を独学してヴィブラフォン奏者として目覚めたんでしょうか?—
「ハモソはゆるく楽しくやってたので独学って感じもしてなかったですね。ヴィブラフォンでやって行きたいなって思ったのは大学4年生の時。
就活しててもピンとこなくて。それでヴィブラフォンで食べてけたらいいなって思って。そんな事思ってたら周りにビブラフォンやるならジャズだよって吹き込まれたんですよ(笑)。」
—友達の何気ない一言がジャズヴィブラフォン奏者としての道を教えてくれたんですね—
「そうかも(笑)。でもとりあえずは大学は卒業して、その後ジャズ学ぶぞって赤松敏弘さんの所に弟子入りしました。」
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