【部屋と洋楽と私 】第3回:レゲエ先輩とグラムロックと19歳の私

 

タワレコのハードルが越えられず

前回、この連載に書いたように、レコード店のレジの人に話しかけられてうまく返せなかった私だが……その後、どうせバイトするなら好きな音楽の店側の人間(学生アルバイト)になろうと考えた。しかしながら、ヤマギワソフトやタワーレコードの店員さんは外見も動きも洗練されている人が多く、敷居が高いと感じ、妥協案として、近所のスーパーの中のCD屋さんで働くことにした。

しかし、これにより、洋楽の世界に近づいたようでいて、実は遠くなった。なにせ、そこは演歌のカセットテープが主力商品だったのである。(注:現在も変わっていない)

むろん、J-POPの売れ筋や洋楽(といっても至極メジャーなものだけ)も置いてあった。私がバイトしていた当時は一日中B’zが流れていた(店長が独断で流す)ことを覚えている。そのスーパーには有線放送がひいてなかったため、店の備え付けのCDラジカセで曲をガンガン流し、エンドレスでB’zを聴くのである。

もちろんB’zは何も悪くないし、別段に嫌いというわけではないが、何時間もエンドレスで聴いていると、稲葉氏のヴォーカルが愛のままにワガママに脳から抜けなくなるので、まさにギリギリCHOPであった。

鰻のように細長〜い店

そこで私は考えた。「BGMの選択権を我が手にできるバイト」に転職しよう、と。現在はもうなくなったが、名古屋駅近鉄PASSEの通路に、1999年当時「鰻の寝床のように細長いポスターショップ」があった。覚えていらっしゃる方もあるのでは? 店員は常に一人か二人だけ。ときどき客として行っていた私は、ここならきっと好きなBGMが選べそうだ、と思った。

しかし、いざバイトを始めてみると、BGMの選択権はすでにレゲエヘアのフリーターの先輩に握られていた。レゲエ先輩は、いつもダルそうであった。しかし先輩は、音楽に関しては強いコダワリがあったようで、バイト中は私物の、よくわからない曲を次々に流した。

当然、私も一日じゅう聴くことになった。いま思うと先輩バイトの顔を立てるべきだったが、図々しい短期バイトの私は、よせば良いのに映画『ベルベット・ゴールドマイン』のCDを、レゲエ先輩の隙を見ては再生機器に入れ、店内に流して悦に入った。するとレゲエ先輩は、私とは目を合わせないどころか、私を見ると「チッ」と舌打ちをするまでになった。

十九歳の憂鬱

そもそも映画のポスターを売る店なのだし、映画音楽を流そうよ、とも思うのだが、その店を経営する会社の責任者は店をバイト任せにしていたため、BGMの放送権争いなど露知らず。めったに顔を出さない上に、閉店後の会計と金銭の管理まで短期バイトである私に任せてくれていた。

計算が合わないとなかなか帰れず、メインの照明が消された薄暗いPASSEの通路でなんとかレジ締めを終わらせ、電車に揺られて家に帰ると、何も考えられないほどに消耗していた。もうすぐ成人式だというのに、高校の頃に持っていたはずの夢(イラストレーターになる)も忘れてしまっていた。

次回に続く……

 

<左:グラムロックといえばこのお方!ディヴィッド・ボウイ氏

 右:グラムロックを題材にした映画『ベルベット・ゴールドマイン』のユアン・マクレガー氏

 下:細長い店舗でBGM権を争うバイト>

______

<イラスト/内藤理恵子>


内藤理恵子 Rieko Naito

naitorieko

1979年生まれ。著書に『必修科目鷹の爪』(KADOKAWA)、『現代日本の葬送文化』(岩田書院)などがある。Twitterアカウントは@drjoro.

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。