メット開幕。テーマはセックス。|リスナーズのクラシックエッセイ

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俳優の石田純一さんは、「不倫は文化だ」と言いましたが、天才音楽家モーツアルトはこの言葉をオペラにしてしまいました。それは9/22にメトロポリタン歌劇場のシーズン開幕で公開されたフィガロの結婚(Le Nozze di Figaro)です。これは新演出で、つまり時代背景や舞台セット、衣装など見せ方を新しくした物。この演出をしたリチャード・エアー(Richard Eyre)は、この作品が、数ある恋愛がテーマの作品の中でも数少ないセックスについてであることに注目する。

フィガロの舞台は1700年中期の南スペインのセビリアの郊外。使用人の結婚当日に、主人が自分の権利を使って新婦とセックスしたがっているのを阻止しようと、主人の妻も加わり、みんなで主人に罠を張る。この演出でエアーは、ジャン・ルノワール(Jean Renoir)が1939年に発表したパーティに集まる人々のインモラルな騒動を描いた映画、ゲームの規則(Règle du Jeu)に、1920年代終わりから1930年初頭の強烈な性的エネルギーを感じ、この時代が、使用人と初夜を共にする権利を主張する伯爵がいたことを信じるには十分と感じたという。

そして、この話の舞台のセビリアにはイスラムとスペインの文化が融合した、ムーア様式の建物が今でも多く残っている。それは細かな装飾のパネルが組み合わされた壁に、ランタン型のランプが特徴で、今回の舞台セットのデザインに採用されている。

つまり、時代設定は1700年中期から1930年へ、セットデザインは、当時のセビリアということになる。ステージには部屋が3つ、使用人フィガロとメイドのスザンナの部屋、伯爵夫人ロジーナの寝室、それから大広間が大きなターンテーブルの上をシーンに合わせて周りながら物語が展開する。

これには、エアーがフィガロの楽譜と脚本が、音楽と言葉の両方に感情と行動と考えが詳細に備わっていて、まるで両方一度に出来上がったように感じたことから、舞台の流れを途切れさせない工夫がなされている。3つの舞台が1つのテーブルの上で回転して展開されるため、舞台の転換による音楽の中断も無くなった。

以前の演出では、冒頭の序曲では幕が下りていたが、今回は開始から、ステージが回転し、まだ暗い中で事が起こるので、初めから音楽と舞台に目を凝らさないといけない。1幕が始まり、使用人フィガロとスザンナのシーン。フィガロ役のイダール・アブドラザコフ(Ildar Abdrazakov)は、親切で元気で軽く頭の回転が悪いキャラクターを十分に示し、ドイツのベテラン歌手のマーリス・ペーターソン(Marlis Petersen)のスザンナは、自分が歌っていた同じ旋律を、フィガロに歌わせ、夫よりも上手な妻役を初めからうまく見せつける。

やがて、ピーター・マッテイ(Peter Mattei)が演じる伯爵が艶々した赤いガウンを纏いやってくる。ヘッドドレスにエプロンのスザンナといい。キャラクターの個性や関係性をうまく伝えている。さらにここへ、思春期の好奇心でいろんな女性に色目を使う小姓のケルビーノ、フィガロにぞっこんの女中頭のマルチェリーナと、フィガロに恨みを持つ医者のバルトロ、スザンナの従妹のバルバリーナなどなどが登場し、ソプラノからバスまで様々な声の組み合わせと、その場面と心を描写する音楽が融合し絶え間なくドラマが巻き起こる。

1幕の最後でフィガロのアリアが終わると、ターンテーブルが回転し、シーンが2幕冒頭の伯爵夫人ロジーナの寝室へ変わる。夫人役でメットデビューとなるアマンダ・マジェスキ(Amanda Majeski)が明け方にベットで、心が離れていく伯爵を思い、愛の神よ、どうか安らぎをと歌いだす。指揮のレバインが、これ以上遅くすると壊れてしまうくらい非常にゆっくりと、大きな会場に十分に拡がり、彼女の声が隅々までいきわたるように、オーケストラから丁寧に音楽を作り出し、アマンダの声がムーア様式の細かな装飾の壁の間から光が差し込む中で細かく震え、静かで冷たい印象の空間に溶け込んでいく。

テンポがあまりに遅く、数分の曲から、その歌手の人柄や声質やらいろんなことを伝えたように感じた。しかし本当に、薄暗い中であの世界を味わうと、全く演出の世界へ自分が溶け込まざるを得なくなってしまう。いままで何度か、レバインのこういった魔法のような世界にはまってびっくりしたことがある。このような感覚は、録画された映像で見ても体験することは難しいライブならではの醍醐味である。

今回のレバインの音作りは、音質が澄んでいて音色の明暗がくっきりしていた。それは歌手たちが演じる登場人物の個性を浮き出し、音楽を通じてではなくて、歌手である人間を通じてフィガロの世界を浮かび上がらせている。そして、モーツアルトの音楽づくりの面白さが伝わりやすい演奏だった。

たとえば、2幕後半で伯爵に問い詰められるフィガロが言い訳するシーンで、しつこいくらいに3連符の同じ音型が連続する場所があるが、フィガロが一つ言い訳して安心し、また問い詰められて緊張して、その連続が同じ音型の連続で、フィガロの心の動きに合わせて付かづ離れず繰り返し繰り返し音楽が付いていく。

目には見えない、フィガロの心の移り変わりの細かな部分まで捉えて音の形に収めたモーツアルトと、それを人々に最高の方法で伝えるレバインとオーケストラに心が奪われた。その他、3幕中盤の裁判のシーンで、マルチェリーナがフィガロの母であることが解った時、「あなたは私のママ?」「そうよ!私はあなたのママよ」「ママ!」「ママよ!」と何度も繰り返し音楽がバカじゃないのかという所までその場の心情を誇張し拡大してく、レバインによるモーツアルト音楽の見事な発展のさせ方が最高にくだらないのに、最高の高揚をもたらす。

 

今回のキャスティングは、これまで何度もモーツアルト作品を歌ってきた、マーリスから、ピーター、イダール、イザベル、養成所のイン・ファンまで、出身もキャリアも異なるメンバーで構成されている。彼らは、回を重ねる度に変化を繰り返し、聴き手にさまざまなフィガロを楽しませてくれる最高のチームだ。

エアーの狙いどころである、今回の官能的なフィガロは、舞台、動き、歌手たちの個性が、レバインが生み出す音楽と一体になり、目まぐるしく二転三転する展開の後、最後は妻ロジーナの許しが、その場にいるすべての人に安らぎをもたらしてくれる。見るもの誰もが共感できるヒューマンコメディです。ちなみに石田純一さんは出てきません。

※記事はhttp://thelisteners.infoから寄稿していただきました。THE Listeners様、ありがとうございました。 

 

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