【コラム】Vol.2「個人が持つポエム感について」ジャズギタリストYoshi Ojima NY放浪記

a1180_003874_m

みんなお待たせ!生島佳明 Yoshi Ojima です。めでたく第2回を迎える運びとなりました。ほんとうはどんどん書きたいこといっぱいあるんだけど、小出しにしていかないといけないしね笑。だから2回目のテーマ考えてたんだけど、このNY放浪において五本の指に入る位の核をお伝えしたいと思う。

それは、、、「それぞれ個人が持つポエム感について」である。。。

は??と思われた方々も多いのではないかと思う笑。アーティストやミュージシャンにはわかってもらえるとは思うけど、「音楽よくわかんな~い」って人にもわかってもらえるように、まずはそこに至るまでの説明をしていく。というかそれで大半の尺をとって終わりそう。笑

 

それぞれ個人が持つポエム感について

 

私のようなジャズミュージシャンは常日頃のライブやセッションにおいて、音で色々なものを表現して伝えようとしている。例えば、感情、情景、日常会話、色、におい、言葉で表現できない何か、などなどありとあらゆるものだ。

そして一般的にジャズを演奏する時によくやるのが、スタンダードと呼ばれる大半の人が共通で知っている曲を演奏する(はじめましての人となんの準備も無しでいきなり曲を演奏したりするから)。そこで大事になってくるのが、今までの長い歴史の中で蓄積されてきた膨大な音のやりとりである。

簡単に言えば定石のようなもの。もちろんそれに縛られる必要なんて全く無いんだけど、日常会話と同じで、ある程度の相手がこう喋ったらこう返事するみたいなのが山ほどある。そして我々日本人にはそういった素養がもともと備わって無いので、学ぶことになる。

これがまたやってもやってもキリが無い笑 最近になってようやく少し感覚レベルでわかるようになってきたかなって感じ。主に大きく分けると、メロディ、リズム、ハーモニー、音色(音の表情)、といったところか。これら一つ一つでもほぼ無限にやりとりがあるのにこれらを同時にやっていくわけだ。

ここからがようやく本題なのだが向こうでのライブ、特にミッドナイトとかのアフターアワーズのセッションを聴いてて特に感じたのが、メロディ、リズム、ハーモニー、音色などのやりとりが感覚レベルにまで入ってるのでそこを通り越して、もはや[ポエムのやりとり]になっているのである。活字にするとあまりインパクトが無いが笑、これを現場で聴いてて気付いた時に愕然とした。

こんな世界があったのかと!!!

もう少しわかりやすく言うと、日本にいた頃に考えていたのは、この先何十年とジャズを演奏し続けた先にあるものはそれらのやりとりの幅が広がってより自由になったり、より演奏の精度が上がったりするのがおよその行き着く先なのかなと思っていたのだが、まださらにその先があったのかと。笑  ポエムですよ、ポエム!奥さん!

ポエムというと、日本ではよく詩とか訳されると思うけど、自分が感じたのはもうちょっと思想に近い感じがしたかな。向こうでは色んな人種がいるから基本的に考え方が違うっていうのが前提としてある。相手が何をしてようとまずは受け入れる精神があり、「自分はこ

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。